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福岡地方裁判所小倉支部 昭和60年(ワ)227号 判決

原告

岡本高明

被告

日本国有鉄道

主文

一  被告は原告に対し、金二六九万五〇〇四円及びこれに対する昭和五七年四月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

1  被告は原告に対し、五〇〇万円及びこれに対する昭和五七年四月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五七年四月一一日午後一時二〇分ごろ

(二) 場所 北九州市小倉北区高浜一丁目二番二号東小倉駅出口付近路上

(三) 加害車 大型貨物自動車(北九州一一か四六〇、以下「加害車」という)

右運転者 関弘文

(四) 被害車 自動二輪車(北九州ま八〇九四、以下「被害車」という)

右運転者 原告

(五) 態様 前記場所を同市門司区方向に進行中の被害車が、側方より突然飛び出してきた加害車に衝突した。

2  原告の受傷

原告は、本件事故のため左 尺骨脱臼骨折、左前腕擦過傷、右下腿裂創及び右黄斑振盪症の傷害を負つた。

3  被告の責任原因

被告は、関弘文を運転手として雇用しているところ、関が被告の業務の執行中に前記不法行為を惹起したものであるから、民法七一五条に基づき後記損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 治療費 一五二万九二八一円

(二) 入院雑費 一万六五〇〇円

(三) 通院交通費 四万三七九〇円

うちタクシー代として昭和五七年五、六月分二万一三七〇円、昭和五八年七、八月分二万一〇七〇円、その他一三五〇円

(四) 被害車修理代 一〇万九六九〇円

(五) 眼鏡代 六万三三〇〇円

(六) ヘルメツト代 一万八〇〇〇円

(七) 腕時計代 七〇〇〇円

(八) 逸失利益 二七五万九二六三円

原告は、受傷後産業医科大学病院で治療を受けたが、右眼の中心視野障害の後遺症を残すに至つた。右後遺症は、労働災害補償障害認定身体障害者等級一三級に該当するので、労働能力喪失率は九パーセントである。

原告は、本件事故当時満一八歳の男子であるので、二一歳の男子平均月額給与額を一四万二九〇〇円としてこれを基礎に原告が六七歳まで稼働するものとしたうえ、原告の後遺症による労働能力喪失率を九パーセントとしてライプニツツ方式により逸失利益を算出すると、次の算式のとおり二七五万九二六三円となる。

142,890×12×0.09×17.880(ライプニツツ係数)=2,759,263

(九) 慰藉料 二〇六万六五二七円

右後遺症は、久留米大学医学部学生である原告にとつて将来医師として活動するにつき重大な障害となるものであるから、原告が受けた精神的苦痛に対する慰藉料は、二〇六万六五二七円が相当である。

5  損害の填補

原告は、被告から治療費一五〇万三六六一円及び被害車修理代一〇万九六九〇円の合計一六一万三三五一円の支払を受けたので、損害の一部に充当する。

6  よつて、原告は被告に対し、本件事故に基づく損害賠償請求として五〇〇万円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五七年四月一二日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)ないし(四)の事実は認める。(五)の事実は否認する。

2  同2の事実のうち原告が本件事故により左橈尺骨脱臼骨折、左前腕擦過傷及び右下腿裂創の傷害を受けたことは認めるが、その余は不知。

3  同3の事実のうち被告が関の使用者であることは認め、その余は否認する。

4(一)  同4の(一)ないし(七)の各事実は不知。

(二)  同(八)の事実のうち原告が本件事故当時一八歳であり、産業医科大学で診療を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  同(九)の事実のうち原告が久留米大学医学部学生であることは認めるが、その余の事実については否認する。

5  同5の事実は認める。

三  抗弁(過失相殺)

本件事故は、原告が制限速度時速四〇キロメートルの国道三号線を時速六〇キロメートル以上の速度で被害車を運転し、しかも約六五メートル前方に加害車が右国道へ進入して右折しようとしているのを発見しながら自車を減速させることなく前記速度で進行し、加害車の約三〇メートル手前になつてようやく急制動措置を講じたため発生したものであるから、原告にも過失がある。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  本件事故の発生

請求原因1(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いがない。

二  前記争いのない事実に成立に争いがない乙六号証の一、二、同七号証、同一三号証、同一四号証の一、二、同一五号証、原告本人尋問の結果(一回)により真正に成立したものと認められる甲四号証(ただし、後記措信しない部分を除く)、証人関弘文の証言、原告本人尋問の結果(一、二回)を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件事故現場は、北九州市小倉北区高浜一丁目二番一号国鉄東小倉駅荷物センター前の同市同区砂津方面(西)から同市門司区赤坂方面(東)へ向う旧国道三号線上である。右道路は、アスフアルト舗装され、東行車道の幅員約四・八メートルで、本件事故当時中央に幅員五・五メートルの電車軌道敷があつた。そして、本件事故現場付近の道路の制限速度は、時速四〇キロメートルであり、事故当時、付近路面は乾繰していた。

2  関は、昭和五七年四月一一日ごろ加害車を運転して右東小倉駅構内から旧国道三号線へ進入するため一時停止して右側方向の安全を確認したところ、右前方約六五メートルの地点を砂津方面から走行してくる原告運転の被害車を発見した。関は、右道路に進入して西行車線に至るには十分余裕があるものと軽信して、被害車の通過を待つことなく加害車を時速約一〇キロメートルで発進させ、右折しようとしたところ、原告が約四五メートル前方を時速約五五キロメートルのスピードで直進してくるのを認め、急制動措置をとつたが及ばず、被害車が加害車に衝突し、本件事故が惹起された。

以上の事実が認められ、前記甲四号証中右認定に反し、原告車の速度が適切であつた旨の供述記載は前掲各証拠と対比してにわかに措信できなく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  原告の受傷等

1  受傷

原告が本件事故により左 骨遠位部骨折(左手バートン骨折)、右膝部挫創の傷害(初診時の病名は左橈尺骨脱臼骨折、左前腕擦過傷及び右下腿裂創)を受けたことは当事者間に争いがなく、成立に争いがない乙三、一〇号証によると、右黄斑振盪症の傷害を負つたことが認められる。

2  治療経過

前記乙一号証、成立に争いがない甲五号証の八、証人栗本晋二の証言により真正に成立したものと認められる甲二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲三号証によると、原告は、本件事故当日小文字病院で治療を受けた後、昭和五七年四月一三日から同年五月五日まで産業医科大学病院に入院して左 骨遠位部骨折の骨接合手術を受け、その後同月一八日から昭和五八年八月二日まで同病院に通院し、同月一五日から同月二三日まで同病院に入院して再手術を受け、その後同年九月一日から昭和五九年八月一六日まで同病院に通院(全通院期間中の実治療日数合計一二日)し、その間同病院眼科に昭和五七年四月二〇日から昭和五九年四月三日まで通院(実治療日数六日)したことが認められ、これに反する証拠はない。

3  後遺症

前記甲二号証、証人栗本の証言によると、原告の右眼視力は、右黄斑振盪症のため事故直後裸眼〇・〇一矯正不能であつたが、その後時の経過とともに回復し、昭和五九年四月三日現在裸眼〇・三矯正一・三に回復したこと、しかし右眼中心視野に五ないし一〇度の比較傍中心暗点が存在するため視野障害があり、回復の見込がないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

四  被告の責任原因

右認定事実によると、関は道路外から公道内に進入するのであるから公道上の走行車の動静に注意し、交通の安全を確認して公道内に進入すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、被害車の通過を待つことなく加害車を本件道路に進入させた過失により本件事故を惹起したことが認められるから、民法七〇九条により本件事故によつて原告が被つた損害を賠償する責任がある。

そして、被告が関を雇用していること、関が被告の業務の執行中に本件事故を惹起したことについては、当事者間に争いがないから、被告は関の使用者として民法七一五条一項により、本件事故によつて原告が被つた損害を賠償する責任がある。

五  損害

1  治療費 一五二万九二八一円

成立に争いがない乙一七ないし一九号証の各一、二、同二〇号証の一ないし一三、被告本人尋問の結果により成立を認める甲五号証の三二ないし三五、同号証の三九、四〇によると、原告は前記入通院期間中治療費として一五二万九二八一円を支払つたことが認められる。

2  入院雑費

原告の入院期間は合計三二日になるところ、入院雑費として一日当り五〇〇円を下らない費用を要したものと推認するのが相当である。

3  通院交通費 四万三七九〇円

原告本人尋問の結果により成立が認められる甲五号証の三〇、同号証の三六ないし三八及び弁論の全趣旨によると、原告は産業医科大学病院へ通院するにつきタクシー代として昭和五七年五月六日分二万一三七〇円、昭和五八年七、八月分二万一〇七〇円を、高速道路利用料金として一三五〇円を支払つたことが認められるが、本件事故の態様、傷害の部位、程度、原告宅と右病院への距離、交通の便等を考慮すると、タクシー及び高速道路の利用はやむをえないものと認められる。

4  被害車修理代 一〇万九六九〇円

成立に争いがない乙二一号証の一、二によると、被害車の修理代として一〇万九六九〇円を要したことが認められる。

5  眼鏡代 六万三三〇〇円

弁論の全趣旨により成立を認める甲五号証の二六、二八によると、原告は眼鏡代として合計六万三三〇〇円を支出したことが認められ、前記原告の傷害の部位、態様からすると、本件事故と相当因果関係の範囲内にあるものと認められる。

6  ヘルメツト、腕時計代 二万五〇〇〇円

弁論の全趣旨により成立を認める甲五号証の二七、二九によると、原告は本件事故により破損したヘルメツト、腕時計の購入費用として前者につき一万八〇〇〇円、後者につき七〇〇〇円を支払つたことが認められる。

7  将来の逸失利益

原告は、前記後遺症のため九パーセントの労働能力を喪失(労働基準法施行規則別表第二(身体障害等級表)の一三級に該当)したと主張する。

しかしながら、成立に争いがない乙四号証の三によれば、絶対暗点の存在により視野障害がある場合には右一三級の二に規定する「一眼に視野変状を残すもの」に該当することが認められるところ、原告の後遺症は前記のとおり比較傍中心暗点であるので右等級に該当しない。また証人栗本の証言によると、右後遺症は将来原告の医師としての活動に致命的な影響を与えるほどのものではないことが認められる。

以上の事実に原告の年齢等諸般の事情を併せ考慮すると、医学部学生である原告が右後遺症のため進路選択につき制限を受ける可能性があるものの、適切な科目を選択することにより後遺症の影響を最少限にとどめることができるものと解される。そうすると、原告の被つた右後遺障害が将来にわたつて恒常的に労働能力の喪失を招く程度のものであると断定することは極めて困難というほかなく、したがつて右後遺症による逸失利益を認めることはできない。もつとも、原告が右後遺症により将来医師として活動するにつきハンデイキヤツプを負うことも否定できないところであるから、この点は慰藉料の算定において考慮する。

8  慰藉料

本件事故の態様、傷害の部位、程度、治療経過及び後遺症の程度、内容その他本件にあらわれた諸般の事情を総合すると、原告の被つた精神的損害に対する慰藉料の額は三〇〇万円とするのが相当である。

六  過失相殺

前記認定の事実によれば、原告にも制限速度違反の過失があるから、原告の損害額算定に際し一〇パーセントの過失相殺をするのが相当である。

七  損害の填補

請求原因5の事実は、当事者間に争いがない。

以上によれば、五の1ないし6と8の合計四七八万七〇六一円に〇・九を乗じた四三〇万八三五五円から七の一六一万三三五一円を差し引いた二六九万五〇〇四円が、本件事故によつて原告が被つた未填補の損害ということになる。

八  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し二六九万五〇〇四円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和五七年四月一二日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村岡泰行)

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